スペシャル企画~ギタリスト米持孝秋のSpin奮闘紀 〜第2回~

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第2回

ここで冷静に機械の進化に関して見てみたいと思う。DJ文化というのはこれまでかたくなにレコードに執着してきた。90年代の初頭にクラブを作るという友人に頼まれその配線を手伝ったことがあったが、その時施工していた人曰くCDでは低音を確保出来ないからやはりレコードを使うと言っていた言葉から早20年、機材はどれくらい進化したのか。その鍵を握るのがdjay3と言うソフトウエアではないかと思い使ってみた。まずそのCD-ROMをドライヴに挿入してデスクトップに現れたアイコンをハードディスクにドラッグしてしばらく待つ。ここでライセンス・キーの入力を行い (半角英数字を入力、ハイフンに注意) 手持ちのマックが最新型ではなかったのでしばらく時間を要したが、インストール自体は無事成功した。
 
 
 
 
 
このソフトをインストールしたことによって私のMacはいきなりレコードプレイヤー2台分とDJミキサーに変身した。これこそが進化だと感じたのは、このdjay3のすごさを実感した瞬間だった。前回も書いたが人の作った音楽をいじることに抵抗があった私であるが自分の作った音楽ならば気兼ねなく出来るのがホントに嬉しかった。まずエア・パヴィリオンのCDをiTunesの取り込むところか。
 
 
 
 
94年制作の“サラフ・コフ”と00年の“リヴァー・ザ・ライフ”の2枚を取り込みこの2枚のリミックスを試みることとする。アルバムを制作時にはバンドであらゆる打ち合わせをしてから録音をする。キーを始めテンポ等々である。それらの制約から一気に解き放たれて曲をつなぐというのはこれまでとは別のイメージがふくらむ。この2枚のアルバムは基本的に元RATTのフォアン・クルーシェのプロデュースによってLAのフォアン経営のスタジオで録音された物で、メンバーも基本的に同じで制作時期には5年の年月開きがあるのだが同じノリで作られた物である。“サラフ・コフ”は94年6月に東芝EMIからリリースされ、加えて同年の10月にこのアルバムがアメリカのグラミー賞の地方版LA Music Awardにて賞を貰ったこともあり、エア・パヴィリオンとしても忘れられない物となった。この賞のお陰でイングヴェイ・マルムスティーンなどが所属する事務所Lewis Entertainmentとの契約に続いていく。それに対し“リヴァー・ザ・ライフ”はエア・パヴィリオン初の海外リリースとなり、契約したイタリアのレーベルを始めヨーロッパ12カ国にてリリースされ特にドイツ、スカンジナビアなどから沢山取材をしていただいた。
 
 そんな2枚をつないでしまおうと言うのだから、楽しくてたまらない。まず2つあるデッキのうち、左側に“サラフ・コフ”、右側に“リヴァー・ザ・ライフ”をドラッグする。左側をスタートさせると勢いよく“リフレクション”がながれる。対する右側の“リヴァー・ザ・ライフ”はオープニングがバラードなので2曲目の“フラッド”を選んでみる。テンポは近い物の“リフレクション”はキーがEであるのに対し“フラッド”はキーがDなのでなんか違和感を感じる。そこで4曲目の“リヴァー・オブ・ドリームス”をつなぐとよりすんなり行った。まあ2枚とも自分の作品で音質的には全く違和感が無いのだが、アルバムは千差万別な環境で作られる物で他人の作品をつなぐときにはゲインの調節やEQの調整をすればよいのだ。これははまるかも。
 





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■米持孝秋プロフィール■

 
米持孝秋(よねもちたかあき)aka: Tak Yonemochi  1958年10月10日生まれ
レコード・プロデューサー、エンジニア、ギタリスト、音楽評論家
小学生時代は父親の仕事の都合で北は札幌、南は小倉までを転々とする。その後1969年に家族で渡米、ロスアンゼルスにて小中学校に通う。1970年秋、自分の小遣いを大切にためて入手した香港製のFMラジオでレッド・ツェッペリンを体験、その後の人生すべてをこれに賭けてみようと即断、今日に至る。
 
Air Pavirion Music

 
1981年 獨協大学外国語学部英語学科を卒業後、(株)新興楽譜出版社(現シンコー・ミュージック)に入社。国際部に配属、その後雑誌RIOの編集者として米、英、仏、独を転々とする日々。
1984年 秋、独立。エア・パヴィリオン・ミュージックを設立。
 
1986年 FM静岡(現K-Mix)においてTak’s Heavy Metal Lectureでラジオ・デビュー、以降数多くの番組に出演。(NHK-FM, bay-fm, FM Fuji, Nack5 etc.)
1989年 NHK BS “MUSIC BOX”のメイン・キャスター及びプロデューサーとして参加(これを皮切りに色々な音楽番組のキャスターを勤める、Space Shower TV, TBS Catch-Up etc.)。
同年7月 自らのバンド、エア・パヴィリオンとしてキング・レコードよりアルバム“カッティング・エア”(Nexus 292A39)でメジャー・デビュー。
1990年 セカンド・アルバム“海賊”(サントラ)(POOP 20309)をポリドールよりリリース3万枚を越えるセールス。
1993年 三つ編みでテレビに出ることを疑問に感じ始め(笑)、アメリカに渡りエア・パヴィリオンの活動を本格化させる。同年ロスアンゼルスにて現メンバーのオーディションを行い、ケリー・ハンセン、ジェイ・シェレン、トム・クルーシェ等を加入させ、元ドッケン、RATTのフォアン・クルーシェ、プロデュースのもとサード・アルバム“サラフ・コフ”を完成させる。
1994年 東芝EMIより“サラフ・コフ”(TOCP-8240)日本発売。同年アメリカのLA Music Award 94にて同アルバムが“プロデューサー・オブ・ザ・イヤー”を受賞。コネッチカットに拠点を置く大手マネージメント“Lewis Entertainment Inc”とアーティスト契約(他にイングヴェイ・マルムスティーン、アル・ディメオラ等が在籍、現在はアメリカCroucier Production Inc.に所属)。

1996年
世界初、インタラクティヴ・ロック・ギターCD-ROM ”GECRS”(ジェクレス)発売。
1998年 前作と同じメンバーでフォース・アルバム”The River/The Life”を制作。ゲストに故ロビン・クロスビー(元RATT)を迎えてDVD用の撮影も行われた。
2000年 “ The River/ The Life” (ATR CD 0003)イタリアのAtrheia / Edelを通じてヨーロッパ全土で発売。各国、各種メディアに取り上げられる。
2001年 ドン・ドッケン、フィル・ルイス(LA Guns)らを迎えてアニメーションのサントラを制作。

2002年
自らの活動に加え、音楽サイト及び新人のプロデュースも手がける。

2003年
フォース・アルバム“リヴァー・ザ・ライフ”(JCCD-4002) Addiction Recordsより日本発売。
2007年 ドイツとアメリカで録音された初のソロ・アルバムを制作中。ドン・ドッケン、ヨラン・エドマン参加
 
2008年 初のインタビュー集を制作とりあげたアーティストはストーンズ、ZEP、パープル、イエスをはじめとする50アーティスト。本の前文をトッド・ラングレン氏が担当する。

 

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